部屋を出ると、短い廊下の突き当たりにある階段を下りた。右側にある玄関を朝の陽が照ら し、寝ぼけ眼に眩しく写った。下駄箱の上に置かれた電話機が目に入る。 「あっ」 坂本は、児童書「電話機のクロちゃん」の挿絵に取りかかっていることを思い出す。 回れ右。階段を上り部屋へ戻り、黒電話の資料と、スケッチの入った鞄を探すが鞄は見つ からず、途方に暮れていた。 そうか。私は居酒屋で飲んでいて、そのまま眠ってしまい、家に帰れなくなって、どこか の家に泊めてもらっているのか。そう思いながら再び部屋を出て、階段を下りる。 六畳間には、朝食が用意されていた。 「ケンちゃん、何グズグズしてるの。急ぎなさい」 台所から声がした。 ケンちゃん。なぜ、自分がケンちゃんと呼ばれているのか。そして、さっきから自分を急 がせている女性は誰なのか。 自分をケンちゃんと呼ぶ女性に、一晩お世話になり、朝食までご馳走してもらうお礼と、 お詫びをしようと、気配を感じる台所へ行き、声をかけようとした。 「あの・・・」 坂本は、茶箪笥のガラスに映った自分の姿を見て凍り付いた。毎朝、鏡の中で見る白髪混 |
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