国道を、何台ものトラックが土煙を上げて走しり交う中、謙二郎が歌う黄色いさくらんぼ は、騒音にかき消されていった。 角のたばこ屋の看板娘ならぬ、看板ばあちゃんと「おはようございます」「おはようさん」 挨拶を交わし、川沿いの路地に入る。謙二郎は、パン屋の前を通り過ぎたあたりから、街の サンドイッチマンを歌い出し、一番と二番の間奏あたりで、野村モーターに到着した。 「なーげきは、たーれーでーもー、しーいているー」と歌いながら、野村モーターの脇の路 地に自転車を駐め、事務所に入っていった。 ロッカーに鞄をしまっている整備士の島野貴浩に、謙二郎が挨拶する。 「おはようございます」 ロッカーの扉に付いた小さな鏡で、前髪を整えながら島野が挨拶を返した。 「オッス。おい、今日から亮子ちゃんの後釜が来たみたいだなあ」 亮子というのは、野村モーターの経営者、野村準郎の長女である。 近々、数年間交際していた会社員と一緒になるため、代わりの事務員が見つかり次第、 野村モーター辞め、を花嫁修業に専念することになっていた。 その亮子と後釜となる新入社員を引き連れ、野村が事務所に入ってきた。 |
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