た坂本は、一軒の焼鳥屋を見つけ立ち止まる。 「チリリリリン、チリリリリン」近くで昔懐かしい電話のベル音が耳に入った。頭に浮かん でいた焼き鳥とお銚子の映像は薄れ、一瞬にして黒電話の映像が浮かんできた。 電話のベル音はこの辺かと、焼鳥屋の二軒先にある居酒屋をのれん越しにのぞき込んでみ る。カウンターの隅に小学校に上がったばかりぐらいの男の子が、漫画を読んでいた。その 向こうには、白い割烹着を付けた三十代半ばくらいの女将が、丸っこく、黒い受話器を重そ うに両手で持っている姿が見える。坂本は店の名前も確認せず、のれんを潜っていく。 漫画を読んでいた少年が背後の坂本に気付き、小さい体を伸ばしカウンターの向こう側で 電話に気をとられている女将の割烹着の袖を引っ張り呟いた。 「お客さんだよ」 女将は電話口で、 「はい、はい、じゃあ、そうね。はい、はい、ごめんください」 受話器を置いた。 壁に貼られた品書きを眺めている坂本に、女将がカウンター越しから、 「いらっしゃい」 坂本は少年と顔を見合わせ、笑みを浮かべながらカウンター席の真ん中あたりに腰を下ろ す。 |
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