射陽 - 第一章 黄色いさくらんぼ -
「ところで、この電話機は懐かしいねえ。本格的に電話が普及する前からあった黒電話だ」
女将は、黒電話の通話口あたりをなでるようにして、
「あっ、これね。かわいいでしょ。丸っこくて。ワンちゃんみたい」
 坂本は立ち上がり、受話器を持ち上げてみる。
「受話器を外すと、ヨーロッパの車みたいな形だねえ」
坂本から受話器を渡された女将は、受話器を耳にあて、
「でもね、この受話器、重くって、両手じゃないと疲れちゃうの」

 数分前、店の入り口から最初に見た女将のポーズだった。
 アップの髪に割烹着姿。色白の女が左手で受話器の握りを柔らかく持ち、右手を送話口の
下を支えるように添えている格好が、坂本には、魅力的な姿だった。
「なんとも、受話器を両手で持っている姿が色っぽいね。今の電話機は、受話器が軽くて、
両手で持つ人なんか見かけないものな。だいたい、風情がないよ。味気ないよ」

 二人の会話をとなりで聞いていたこどもに、女将が言った。
「マー坊。かあちゃん色っぽいって」 
 坂本は、自分に向かって笑顔を見せているマー坊に微笑み返しながら、自ら発した「色っ
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