「これか。絵の具なんだ」 ビールを注ぎ終えた女将、 「あら、絵を描くの。画家の先生かしら」 坂本は、ビールの上澄みをすすり、 「そんなにえらい人には見えないでしょう」 女将はビール瓶を両手で抱え、 「看板屋さん?」 ゆっくりビールを飲み干した坂本、 「んー・・・。ま、だいたいそのへん」 再度酌をする女将、 「絵が描けるなんてすてきね。私なんて何の取り柄もなくて」 坂本は壁に並んだ品書きを見ながら、 「取り柄の無い人にこれだけの料理はできないでしょう。自慢の漬け物を貰おうか。ビール が無くなっちまう」 女将は「あらっ」と言い残しいそいそと漬け物の盛りつけを始めた。 坂本は、コップからこぼれ落ちそうな泡をすすり、左腕の袖で口をぬぐうと、カウンター 越しにちらっと見えた黒光りする電話機に目をやり、電話機見たさにこの店に入ったことを |
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