射陽 - 第一章 黄色いさくらんぼ -
「これか。絵の具なんだ」
 ビールを注ぎ終えた女将、
「あら、絵を描くの。画家の先生かしら」
 坂本は、ビールの上澄みをすすり、
「そんなにえらい人には見えないでしょう」
 女将はビール瓶を両手で抱え、
「看板屋さん?」
 ゆっくりビールを飲み干した坂本、
「んー・・・。ま、だいたいそのへん」
 再度酌をする女将、
「絵が描けるなんてすてきね。私なんて何の取り柄もなくて」
 坂本は壁に並んだ品書きを見ながら、
「取り柄の無い人にこれだけの料理はできないでしょう。自慢の漬け物を貰おうか。ビール
が無くなっちまう」
 女将は「あらっ」と言い残しいそいそと漬け物の盛りつけを始めた。
 坂本は、コップからこぼれ落ちそうな泡をすすり、左腕の袖で口をぬぐうと、カウンター
越しにちらっと見えた黒光りする電話機に目をやり、電話機見たさにこの店に入ったことを
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