射陽 - 第一章 黄色いさくらんぼ -
ぽい」という言葉をきっかけに、記憶に残る女性たちの色っぽい光景をテレビのチャンネル
をガチャガチャ回すように、入れ替わり立ち替わり思い浮かべた。
 三十年以上前、どこかの駅前で、薄いピンクのワンピースを着た恋人が手を後ろに組み、
壁に寄りかかっている映像が見えたところで、チャンネルを回す手が止まった。
 その後、どんな会話をしたのか、どこへ行ったのかなんてことは憶えていなかった。待ち
合わせの一分前に自分がそこに付いたことと、それ以前に彼女がそこにいたことだけは明確
に憶えていた。彼女はやってきた坂本の顔を見ると、言葉も出さずに首をかしげてニコッと
笑った。その姿が「色っぽい」という言葉に結びついた。
 一秒に至るか至らないか、そんな昔の記憶に浸っていたが、すぐ我に返ると急に恥ずかし
くなり、壁に貼られた品書きに目をやる。軽く酔いも回ってきたところだし、ビールは止め
て、何か食べようか。

 陽が落ちかけ、向の店の屋根と屋根との間から、のれんの隙間を通って、品書きの下に張
られたビールのジョッキを手に持った水着の女性のポスターの一部を小さな西日が照らして
いる。
 坂本は、しばらくその光を眺めていると、だんだん眠くなっていった。
ゆらゆら、ゆらゆら。

目次.
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