射陽 - 第一章 黄色いさくらんぼ -
 居間では、末っ子の伸子が配膳を終えようとしていた。
「お兄さん。おはよう」
「おはよう」

 ミチがみそ汁の鍋を、台所から持ってくる。
「さ、食べましょう」三人の朝食が始まった。ミチが炊きたての米をそれぞれの茶碗によそ
りながら、
「伸子も今日から三年生ね」
ミチから茶碗を渡され、味噌汁をよそっている伸子に謙二郎が言った。
「伸子のセーラー服もあと一年で見納めか」
そう言われ、まんざらでも無さそうな伸子は、
「黄色いサクランボも、赤くなるのよ」
 三人の朝食が終わり、伸子はミチの片付けを手伝い、学校へ向かった。謙二郎は、部屋へ
戻り、作業服に着替える。もはや、自分が坂本昭二であるということを完全に忘れ、自転車
にまたがり、勤め先の野村モーターに向かうのだった。
「わっかい娘が、うっふん。」
謙二郎は「黄色いさくらんぼ」を口ずさみながら自転車を漕ぎ、野村モーターへ急いだ。
目次.
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