謙二郎は思った。こっちの「黄色いさくらんぼ」は、妹の伸子よりも幾分赤い。 野村準郎と、謙二郎の父、前田正吉郎は、戦時中の軍需工場で同じ釜のメシを食った仲だっ た。二人とも自動車エンジンの部品加工や組み立てが得意で、戦後は進駐軍幹部の自家用車 やオートバイの整備を請け負い貧しい時代を凌いでいた。 戦時中、アメリカをやっつけるために、エンジンをいじり、戦後はアメリカ人のためにエ ンジンをいじることに違和感を感じながらも、餌につられて芸をする飼い犬のごとくエンジ ンを弄り続け、日本が復興してくると工場や商店では、オートバイやトラックも徐々に増え、 進駐軍相手に稼いだ金と譲り受けた払い下げの工具や部品を元に、二人はそれぞれの商売を 始める。 敗戦後まもなく、進駐軍高官マーティー・ホプキンスのオートバイが始動せず、軍に出入 りしていた野村が点火タイミングを調整し、快調になったことをきっかけに、ホプキンスは、 オートバイで遠乗りするたび野村を呼びつけ、整備をさせるのであった。野村は、戦争の恨 み辛みを多少引きずっていたが、気前も良く、自分を気に入ってくれたホプキンスは上客で あり、特別な存在であった。 |
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