「隠し味とは、うまいこと言いますねえ」 野村は、先ほどまで謙二郎が作業していたピストンを再び手にとり、 「隠し味でうまくなるかどうかは、料理人の腕次第だけどな」 登美子が、下を向いてクスクス笑った。 謙二郎は、お下げ髪の妹と一つしか変わらない登美子が、妹よりも随分大人びて見えてい たが、そんなあどけない登美子を見て、まだ黄色いさくらんぼなんだと感じた。 お茶の時間も終わり、それぞれが自分の持ち場に戻る。 謙二郎は倉庫の窓から見える土手に咲き乱れた桜の花に目をやり、昼飯はあの桜の木の下 で食おうと考えるのであった。 この数日、風の強い日が続いていたが、この日は風も緩く穏やかな日だった。 「ウー」近くの工場から、正午を伝えるサイレンが澄んだの青空いっぱいに響き渡る。 |
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