射陽 - 第二章 悲しいキャッチボール -

 秋も深まり、横浜の街でも、乾いた風が少し冷たく感じるようになった。

 昼時、静まりかえった繁華街のはずれの一角、居酒屋「ゆき」の店の裏では、女将の杉野
由希子が、一人の昼食をすませ、一人息子である征雄の部屋を片付けていた。
 脱ぎっぱなしになっているパジャマをたたみ、部屋中に散乱している漫画本を本棚に仕舞っ
ていった。最近、征雄が夢中になっている野球漫画「走れ!ロペス」の単行本を見つけると、
窓辺にある机の前に座り、少し読んでみた。
 野球には疎い由希子であったが、主人公のロペスが、家族を故郷に残し単身で日本に来た
様子や、言葉が通じないために生じる意思の疎通などの描写に、こども向けの漫画もなかな
か面白いと関心しながら読み続けた。やがて、一つのコマで由希子の目が止まった。
 それは、暴力事件を起こし、謹慎処分となったロペスが故郷に残した一人息子とキャッチ
ボールしているところを、思い起こしているシーンだった。
 由希子は思った。まだ、よちよち歩きをしていたころに父親を亡くした征雄が、この画を
見てどう思っただろうか。自分も、父親とキャッチボールしてみたかったことだろう。それ
以上に、父である杉野栄こそ、一人息子とキャッチボールをしてみたかったことであろう。
 由希子は、窓の外をぼーっと眺め、二人がキャッチボールしているところを想像する。

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