射陽 - 第二章 悲しいキャッチボール -

「私の家はオートバイ屋なんですけど、こういう古いオートバイもよく直してるんですよ」
 杉野は立ち上がり、
「へえ。どこのお店」
「この近くの前田モーターって・・」
「あっ、サンドイッチがどうしたとか、上海がどうのってよく歌っているおじさんの店?」
「そう、わたしの父です。そのおじさん」
「ああ、そう。じゃあ、前田さんだね。俺は杉野栄。って、握手したいところなんだけど、
手が真っ黒だ」
 由希子は、汚れた杉野の右手を見て
「前田由希子っていいます。じゃあ、握手はまた今度ね」

 車載工具のドライバーで、何とかキャブレターを取り付け、応急処置を終えた杉野が、
「そうか。あの親父さんなら何とかしてくれそうだね。何度か店に行ったことがあるけど、
旧車が得意そうだったね。弁当を食ってから、店に行ってみるよ」

 弁当屋に客が来ると、由希子は小走りで店に戻る途中振り返り、杉野に笑顔で会釈して、
調理場に入った。
目次.
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