射陽 - 第二章 悲しいキャッチボール -
 二人のキャッチボールが、まぶたに浮かんでいる限りその様子を眺め、その映像が薄れて
いくとうっすら浮かんだ涙を拭き、本を閉じた。

 どこまでも延びると思われていた経済発展にかげりが見え、新しい価値観を求める人々が
徐々に現れ出した頃、大手電機メーカーの営業を行っていた杉野栄は、毎日のように通って
いた職場近くの弁当屋で働いている、まだ、栄養士の専門学校を卒業して間もない頃の由希
子に出会う。杉野栄二十六歳、前田由希子二十一歳であった。

 ある土曜の正午近く。杉野はオートバイに乗って弁当屋に立ち寄った。
 週末に杉野が店に顔を出したのは初めてだった。店先にいた店員が、
「あら、格好いいオートバイじゃない」
センタースタンドをかけ、杉野が、
「いやあ、もう、かなり古いんでねえ。何とか動いているって感じですよ」

 由希子が、注文された弁当を袋に入れ杉野に手渡す。
「お休みの日もうちのお弁当じゃ、飽きちゃうでしょ」
「ハンバーガーも、牛丼も飽きちゃったけど、ここの弁当はまだ飽きてないよ。どうも」
目次.
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