射陽 - 第二章 悲しいキャッチボール -

 由希子は征雄のそばに行き、前にしゃがんで顔を覗き込んでみる。
 下を向いたまま涙をぬぐっている征雄が、
「かあちゃんも、アメリカに行くんだよ」
「・・・・・じゃあ、英語勉強しないとね」
「ありがと・・かあちゃん・・・」
「さあ、今日はおしまい。またあしたね」

 由希子は、征雄の肩に手を乗せ、家の中に入り征雄の涙の訳を考えた。
 将来、大リーガーとなって、母と別れ単身渡米することを想像して悲しくなったのか。
 母と子のキャッチボールが、嬉しかったのか。
 キャッチボールをしていて、漫画に出てきた父と子のキャッチボールのシーンを思い出し、
寂しくなってしまったのか。それとも、グローブを買って貰ったことが嬉しかったのか。
 そして、「ありがと・・かあちゃん・・・」
 征雄の様々な喜び、悲しみ、切なさ、寂しさ、これらが剛速球となり、涙になったのだろ
う。由希子はそう感じた。

 陽が傾きかけ、「居酒屋ゆき」にも、のれんが掛けられた。
目次.
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