射陽 - 第二章 悲しいキャッチボール -
 そして、男の子が生まれた。杉野の学生時代の恩師、松本征雄(ゆきお)にあやかり、
征雄(まさお)と命名された。杉野は、自分の栄という名前は、「さかえ」「栄君」など、
呼ばれ、愛称が付きにくかったことから、「マサ」「マー坊」など、人から親しまれやすい
愛称が付くように「まさお」とした。

 しばらくサラリーマン生活を続けることにした杉野は、週に一二度、得意先回りで通りか
かる商店街の一角、築五十年を越えていると思われる木造二階建てで、二階が住居のようで
ある、そば屋が休みがちになり、店の前を通りかかるたび気になっていた。
 
 都心の駅前でも、閉店したままになっている店舗をちらほらと見かけるようなり、横浜市
内の商店街でも店を畳む商店が目立っていた。
 この不景気で、辛いのは自分たちサラリーマンだけでなく、自営業者も同様、いや、それ
以上に厳しい状況に立たされているという状況を見て、杉野は、自分たちの店を出すことへ
不安を募らせていた。

 翌週も、杉野はこの商店街を歩いていた。このままサラリーマンを続けること。居酒屋を
出すこと。鬱病になってしまった同僚のこと。生まれたばかりの征雄のこと。そして由希子
目次.
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