射陽 - 第二章 悲しいキャッチボール -
のこと。いろんなものが頭を錯綜する中、そば屋の前を通りかかった。

 ちらっと横目で見て、通り過ぎようとした杉野の目に、そば屋の引き戸の横にか張られた
「売家」の札が入ってきた。杉野は立ち止まり、しばらく「売家」の文字に釘付けになった。
 杉野の頭の中を、いろんな事が駆けめぐる。
 住まいと店舗が一緒なら、すぐにでも居酒屋をやっていけるのではないか。ここなら駅か
らも近く、由希子の母、登美子も頻繁に子守りに来てくれるのではないか。

 「めーだーかーの、がっこうはー。かーわーのーなかー」
オルガンの伴奏と共に、店の裏側からこども達の歌声が聞こえてきた。
 杉野は路地を入り、店の裏側に行ってみると、そこには幼稚園があった。三年後の征雄が
一緒に歌っている様子を想像する。家のすぐ裏が幼稚園とは、なんと都合の良いことであろ
う。更に、由希子と二人店の準備をしていると、裏の幼稚園から園児たちの歌声が聞こえ、
少しだけお兄さん、お姉さん達の歌声を、ゆりかごの中で聞いている征雄の楽しそうな笑顔
が浮かんでくる。これが幸せというやつなんだろう。そう思うのであった。

 幸せな空想に浸った杉野は、胸のポケットをからタバコを取り出そうとするが、二日前
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