射陽 - 第二章 悲しいキャッチボール -
 返事をしないで、壁の日焼けや痛み具合を見つめ、腕組みをしている杉野に不動産屋が、
「壁なんかは、シャカン(左官)でもクロスでもキレイになりますよ」

 由希子は、カウンターの中に入り、店を見渡してみる。
「どう、女将に見える」
 どうしたものかと、壁や天井を見ていた杉野が腕組みしたまま、由希子の方へ目をやる。
「ああ、いいねえ。髪の毛をアップにしたら、それっぽいかもね」
 後ろ髪を丸めて両手で押さえた由希子が、杉野にニコッと笑顔を送った。
「こう?」
 カウンター越しに見せた由希子の笑顔が可愛かった。それが杉野の全てなのであった。
 どんなに借金をしようと、どんなに収入が減ろうと、由希子と征雄と、三人家族が、この
家に住み、いつでも一緒にいられることが、何物にも代え難いと感じた。
 しばらく、杉野はカウンター越しの由希子をじっとみていたが、
「ああ、いいね」
「それだけ?」
「まったりとしていて、コクがあるよ」
「・・・・・」
目次.
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