射陽 - 第三章 正義のカミソリシュート -
 気温、摂氏十一度。
 北北西の風、五メートル。

 一人の男が、青いイタリア製の自転車に乗り、井の頭通りを吉祥寺から環八方面へ時速三
十五キロメートルで走っている。
 男はカメラマン西本範之。坂本昭二の数少ない友人である。数日前に発売された児童書を
出版元から預かり、坂本に届けるため横浜に向かっている。

 平坦な環八から綱島街道に入り、多摩川を越えるあたりから緩いアップダウンが続く。
 うっすら汗ばんだ西本が、信号待ちで停止する。湿ったシャツが北風に冷やされ、ぶるっ
と震えた。  
 その右側を前カゴに『防犯』と書いてある札を付けた自転車が、信号無視して西本を追い
抜いてゆく。
 何が『防犯』だ。西本は、無法自転車を不快に思いながら、その不快感をペダルにぶっつ
け、青信号に変わった交差点を力強く発進した。
 吉祥寺の事務所を出発して二時間弱、西本の乗った自転車は、坂本の住むアパートに到着
する。
目次.
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.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.
.76.77.78.79.80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.

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