気温、摂氏十一度。 北北西の風、五メートル。 一人の男が、青いイタリア製の自転車に乗り、井の頭通りを吉祥寺から環八方面へ時速三 十五キロメートルで走っている。 男はカメラマン西本範之。坂本昭二の数少ない友人である。数日前に発売された児童書を 出版元から預かり、坂本に届けるため横浜に向かっている。 平坦な環八から綱島街道に入り、多摩川を越えるあたりから緩いアップダウンが続く。 うっすら汗ばんだ西本が、信号待ちで停止する。湿ったシャツが北風に冷やされ、ぶるっ と震えた。 その右側を前カゴに『防犯』と書いてある札を付けた自転車が、信号無視して西本を追い 抜いてゆく。 何が『防犯』だ。西本は、無法自転車を不快に思いながら、その不快感をペダルにぶっつ け、青信号に変わった交差点を力強く発進した。 吉祥寺の事務所を出発して二時間弱、西本の乗った自転車は、坂本の住むアパートに到着 する。 |
目次. 第二章へ .55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75. .76.77.78.79.80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95. |
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