射陽 - 第三章 正義のカミソリシュート -
 大工杉野豊は、改築現場の二階の足場で窓にサッシを取り付けていた。
 作業が一段落。そろそろ「お茶が入りましたよ」と、家主から三時の一服の声がかかるこ
ろではないかと、足場の上から路地を見下ろし、下に置いてある建材を見るふりをしながら
家主の動きを気にかけていた。
 息子の通う小学校の方から、下校する子供たちの姿がちらほらと見えてくる。
 サッシ窓の開け閉めを繰り返し、さも、立て付けの状態を確認しているかのような動作を
して、足場のパイプとメッシュの間から通りの方に目をやる。緑と橙のホエールズの帽
子をかぶったケン坊と、杉野の息子の栄が並んで歩いている様子が見えた。

 ケン坊は、栄を引き連れ現場の勝手口に回り、
「おばちゃん、栄のお父さんは今日も来てるの」
「二階かしら。あら、そろそろ一服の時間ね。ケンちゃん、おじさんに一服してくださいっ
て声をかけてきて」
 声をかけられなくとも、足場の上で会話が聞こえていた豊は、再びサッシの開け閉めを数
度繰り返し、腕組みに難しい顔で左から右へとサッシの角に視線を走らせた。
「おじさん。イップツだって」
ケン坊が二階の方に向かって声をかける。
目次.
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.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.
.76.77.78.79.80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.

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