射陽 - 第三章 正義のカミソリシュート -
「なんで」「どうして」を繰り返し、やがて声が言葉にならなくなり、泣き出した。
 母が本を閉じた後、自分で本を手に取り何度も読み返した。何度も読み返していれば、物
語の内容が変わり、ゴンは死んだのではなく、ただ、寝ているだけだったのではないか。
 ゴンぎつねの後に続く他の童話も熱心に読み、その後のゴンのことが書いてあるのではな
いか。
 そんな真知子の想いは、叶わず、ただ、悲しみを深めてゆくのであった。

 この日の朝食は、いつになく静かで、家族全員、頭の中は「ゴンぎつね」一色となった。
 豊が、子供たちより一足早く席を立ち、玄関で地下足袋のこはぜを一つ一つはめていると、
「父さん」背中で栄の声がした。
「ん、どうした」
栄が、新聞広告の裏に描いたすやすや眠っているゴンの絵を差し出し、
「これ、作りたいんだけど、なんか材料無い」
豊は、とても上手いとはいえないゴンの絵を手に取り、栄に尋ねた。
「どのくらいの大きさで作るんだい」
「・・・きつねって、犬と同じくらいかなあ。子ぎつねだから、ちょっと小さいのかなあ」
元気のない妹を想い、一生懸命考えたゴンの絵を描いた栄が、困った顔をしているのを見て、
目次.
第二章へ
.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.
.76.77.78.79.80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.

-81-
トップページへ