「ああ、今降りるよ」
今度は小さな女の子だった。『娘もいるのか』そして、どんな妻がいるのか、勝手な期待と 様々な想像をしながら、半分位まで灰になったチェリーをガラスの灰皿でもみ消して部屋を 出た。 坂本は、廊下の突き当たりに洗面所を見つけ、蛇口をひねり、冷たい水で顔を洗う。 顔を上げると、正面にある鏡に日焼けした厳つい顔が映る。 本当に、これは夢なのか。見慣れない顔が鏡に映り、坂本は妙な感覚に陥る。 違和感を覚えながら白いタオルで顔を拭き、家族の待つ下の部屋に、ゆっくりと階段を降 りる。 一段、また一段、その都度、自分がイラストレーター坂本昭二であるという認識が薄れて ゆき、階段を下りきったところで、 大工の三代目、杉野豊になっていた。 昭和五十年秋。杉野豊は三十八歳。 |
目次. 第二章へ .55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75. .76.77.78.79.80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95. |
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