射陽 - 第三章 正義のカミソリシュート -
位置』と書かれた表示の前に立った。
 正面には美容歯科の看板があり、作り笑顔の若い女性の顔写真と目が合う。
 女性の顔は、不美人ではない物の、化粧がのっておらず、ほぼ顔だけを拡大したもので、
素人が素人を撮ったような写真で、モデルが気の毒になった。
 ふと思う。西本だったら、こんなかわいそうなことをしないだろう。
 つい、些細なことでも感傷的になってしまう坂本の前に電車が到着した。
 ドアが開き、数人の乗客が降りるのを立ち止まって待っている坂本の前を中年女性が横切
り、そそくさと電車に乗り込み座席に座った。
 坂本は一つ小さなため息をついて、向かいのドアの前に立ち、窓から見える景色に目をや
る。
 電車がカーブして、国道と平行して走るあたりから視界に現れた夕陽を眺めた。
 テニスラケットを背負い、自転車を漕いでいる女学生の輪郭が夕陽に浮かび上がる。
 その姿が、坂本に西本を思い浮かべさせ、彼は今どの辺を走っているのだろうかと思った。
気持ちよく自転車を漕いでいるのか、それとも寒さに耐えながら走っているのか。
坂本の脳裏に浮かんだ映像をよそに、西本は、環八でウインカーを出さずに左に車線変更し
てきたシルバーグレイのドイツ車にひやっとさせられ、一言いってやろうと怒りをペダルに
ぶっつけ全速力で車を追いかけていたのである。
目次.
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.55.56.57.58.59.60.61.62.63.64.65.66.67.68.69.70.71.72.73.74.75.
.76.77.78.79.80.81.82.83.84.85.86.87.88.89.90.91.92.93.94.95.

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